昭和30年代!!
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文太兄いと呼ばれ親しまれた菅原文太

菅原 文太(すがわら ぶんた 1933年8月16日 - )は、日本の俳優。1970年代の日本映画を代表するトップスター。

宮城県仙台市出身。長男は菅原加織(故人)。他に娘が二人いる。妻の文子はマネージャーを務めている。

ファンからは「文太兄い」と呼ばれ親しまれ、かつての映画仲間からの愛称は「文ちゃん」である。

宮城県仙台第一高等学校から早稲田大学第二法学部(夜間部)に進学。退学後インチキ神主のバイトを経て雑誌のメンズモデルに。モデルとして活躍していた時代に喫茶店でスカウトされ、東宝で1955年に映画デビュー。1958年には新東宝からスカウトされる。長身の新人二枚目スターの一団ハンサムタワーズの一人として、吉田輝雄、高宮敬二、寺島達夫らと共に同社の主演スターとなったが、当時の新東宝は経営不振で低予算のエログロ映画が主力だったため、世間的な知名度は高くなかった。この時代の映画としては、新東宝エログロ路線でも1、2のキワモノの一本と言われる『九十九本目の生娘』や1960年の正月大作『女奴隷船』に主演した際の丹波哲郎とのアクション対決が映画ファンには有名。

1961年に新東宝が倒産したため、ハンサムタワーズのメンバーと共に松竹へ移籍。ホームドラマが多い松竹では脇役ばかりで辛酸を舐める(だが、後年、『香華』など菅原の出演映画もある松竹の映画監督・木下恵介の葬儀には参列している)。
松竹にいた俳優の安藤昇に勧められ、ハンサムタワーズのメンバーと共に1967年にヤクザ映画の東映に移籍。当時、既に不況だった日本映画界において東映は最も観客を集めている映画会社であり、凄みのある俳優を求めていた。セリフのほとんどない役からスタートしたが、1969年には東映初の主役として『現代やくざ 与太者の掟』に出演。この『現代やくざ』シリーズは72年まで続く作品群で、ヤクザを美化した従来の任侠映画の常識を覆す現実的なワルを主人公にしたものであり、後の生々しい実録映画の先駆けとなった。
続いて同年より『関東テキヤ一家』シリーズ、1971年よりコメディ『まむしの兄弟』シリーズ、1972年には『木枯し紋次郎』に主演。

当時の映画界を震撼させた1973年から始まる『仁義なき戦い』シリーズは特に有名で、菅原は一躍、映画史に残るスーパースターになった。菅原のドスの効いた広島弁が、あまりにも堂に入ってうまかったため、菅原を広島出身だと思い込んでいる人も多いほど。『仁義なき戦い』他、数々の映画で共に仕事した映画監督・深作欣二の臨終を家族以外で看取った唯一の人物である。

この大ヒットで東映は仁侠映画から実録映画へ方向転換。これにより東映のトップスターだった高倉健は1975年に東映を退社。1974年末より始まる『新・仁義なき戦い』シリーズも大ヒット。1975年に始まるコメディ『トラック野郎』シリーズ(一番星・星桃次郎 役)の大ヒットで名実共に東映のエースとなり、70年代映画界トップのドル箱スターとなった。
1980年にNHK大河ドラマ『獅子の時代』に主演するためしばらく映画界を離れる。これにより盆と正月の風物詩であった東映の看板映画トラック野郎シリーズも終焉。一つの時代が終わった。1981年に2本の映画に主演。その後は、TVで刑事物等の連続ドラマの主演をこなしていった。
近年はアニメの声優もこなすなど、幅広く活躍。今の若い世代にとってはヤクザ映画のイメージよりも、大ヒット映画『千と千尋の神隠し』で声優を務めた釜爺役のイメージが強い。

1998年頃に岐阜県の飛騨地方に移住。近年は農業政策等に高い関心を示し、多数の講演活動も行っている。また2005年の衆議院議員総選挙では広島6区に出馬した国民新党の亀井静香の応援に登場。亀井の唱える農業政策等に支持し、同じく広島6区に出馬した対立候補の堀江貴文を批判。「向こう(堀江陣営)は仁義なき戦いをしているが、こちらは仁義ある戦いをしましょう」と亀井を激励した。その甲斐あってか、亀井は堀江を破って当選を果たした。この選挙区は広島のやくざ抗争を描いた菅原の主演作『仁義なき戦い』の第二作副題になぞらえて「広島死闘篇」と呼ばれた。

2001年に長男の菅原加織を事故で亡くし、周囲に「もう仕事したくない」と漏らしていたが、2003年公開の映画、『わたしのグランパ』で復活。9年ぶりの主演を果たす。
かなりの酒好きで、親友の川地民夫は彼の酒癖の悪さに閉口したらしい。2003年に『SMAP×SMAP』の「ビストロSMAP」に出演した際も中居正広とのトークもそこそこに焼酎をあおり続け、映画『わたしのグランパ』の宣伝もほったらかしにするという酔態を見せ付けた。中居から「もう文太さん、酒臭すぎますよ」と注意され、「映ってるか?ああ、顔真っ赤だな!かあちゃんに怒られちゃう…」と本人も反省していた。

現在も活躍する内外の多くの有名人に多大な影響を与え続け、俳優の宇梶剛士やプロレスラーの新崎人生は元付き人だった。またタレントの明石家さんまは自他ともに認める菅原の大ファン。『仁義なき戦い』第一部の土居組組長を射殺するシーンが特に好きで、冷たい雨の中、肩をすぼめて眉間に皺を寄せ、煙草を吹かし標的を待つシーンをよく真似た、と語っている。まだ若手だった頃に空港で菅原に会い、サインを頼んだところ「俺が代わりに欲しいくらいだよ」と言われた話は、後年さんまによって何回も披露されている。ビートたけしはその話を「百回以上聞いた」と話している。

さんまのまんまにゲスト出演した時には、『仁義なき戦い』公開直後、菅原の自宅に少年が訪ねて来て「おやじさん、山守は絶対、俺が撃ってきますけん」と言うので「ありがとう、まあ、ラーメンでも食いに行こう」と連れ出して説得して帰ってもらった、というエピソードを披露した。
父親としての一見を持ち「げんこつおやじの会」を立ち上げた。その一方、子息の通う幼稚園に対する批判をマスコミを通じて行い、結果的に同園は閉鎖に追い込まれた。
三船敏郎を尊敬し、「富士山のような存在」と賞賛している。
演歌歌手の北島三郎とは兄弟分というエピソードを山本譲二が『ダウンタウンDX』の番組中に語っている。
伊丹十三監督の『ミンボーの女』をやくざを侮辱の対象としか見ていないと批判したという。
バラエティ番組には4〜5年に一回出るほどだが、『8時だョ!全員集合』に出演した事もあり、長寿番組『ダウンタウンDX』には第1回目にゲスト出演した。最近では2006年の『クイズ$ミリオネア』に、田中康夫のサポーターとして出演している。

出演作品
映画
哀愁の街に霧が降る(1956年 東宝)
海女の化物屋敷』(1959年 新東宝)
太平洋戦争(1960年)
皇室と戦争とわが民族(1960年 新東宝)
暴力五人娘(1960年 新東宝)
東京さのさ娘(1962年 松竹)
香華(1964年)
太陽を抱く女(1964年)
男の顔は履歴書(1966年 松竹)
兄弟仁義 逆縁の盃(1968年)
関東テキヤ一家(1969年)
日本暴力団 組長(1969年) 
不良番長 送り狼(1969年)
血染めの代紋(1970年)
関東テキヤ一家 喧嘩仁義(1970年)
懲役太郎 まむしの兄弟(1971年)
不良番長 やらずぶったくり(1971年)
極悪坊主 飲む打つ買う(1971年 東映)
現代やくざ 人斬り与太(1972年 東映)
人斬り与太 狂犬三兄弟(1972年 東映)
仁義なき戦い(1973年 東映)
仁義なき戦い 広島死闘篇(1973年 東映)
仁義なき戦い 代理戦争(1973年 東映)
まむしの兄弟 恐喝三億円(1973年 東映)
海軍横須賀刑務所(1973年 東映)
山口組外伝 九州進攻作戦(1974年 東映)
仁義なき戦い 頂上作戦(1974年 東映) 
仁義なき戦い 完結篇(1974年 東映)
新仁義なき戦い(1974年 東映)
学生やくざ(1974年 東映)
あゝ決戦航空隊(1974年 東映)
ルバング島の奇跡 陸軍中野学校(1974年 東映)
山口組外伝 九州進攻作戦(1974年 東映)
県警対組織暴力(1975年 東映)
大脱獄(1975年 東映)
トラック野郎 御意見無用(1975年 東映)
新仁義なき戦い 組長の首(1975年 東映)
トラック野郎 爆走一番星(1975年 東映)
バカ政ホラ政トッパ政(1976年 東映) 
新仁義なき戦い 組長最後の日(1976年 東映)
トラック野郎 望郷一番星(1976年 東映)
トラック野郎 天下御免(1976年 東映)
横浜暗黒街 マシンガンの竜(1976年 東映)
やくざ戦争 日本の首領(1977年 東映)
日本の首領 野望篇(1977年 東映)
日本の仁義(1977年 東映)
ボクサー(1977年 東映)
トラック野郎 度胸一番星(1977年 東映)
トラック野郎 男一匹桃次郎(1977年 東映)
日本の首領 完結篇(1978年 東映)
ダイナマイトどんどん(1978年)
トラック野郎 突撃一番星(1978年 東映)
トラック野郎 一番星北へ帰る(1978年 東映)
太陽を盗んだ男(1979年) 
トラック野郎 熱風5000`(1979年 東映)
トラック野郎 故郷特急便(1979年 東映)
堕靡泥の星 美少女狩り(1979年 にっかつ)
黄金の犬(ノンクレジットの客演) (1979年) 
炎のごとく(1981年 大和新社)
青春の門(1981年 東映)
ちゃんばらグラフィティー 斬る!(1981年 東映)
制覇(1982年)
修羅の群れ(1984年)
ビルマの竪琴(1985年)
鹿鳴館(1986年)
ザ・サムライ(1986年 東映)
映画女優(1987年)
鶴(1988年)
YAWARA!(1989年)
リメインズ 美しき勇者たち(1990年 松竹)
鉄拳(1990年)
民暴の帝王(1993年 東映)
やくざ道入門(1994年)
どら平太(2000年)
わたしのグランパ(2003年)
妖怪大戦争(2005年)稲生俊太郎(タダシの祖父)役
バッテリー(2007年)井岡洋三役
復讐は俺がやる・Distant Justice(1992年)
ビッグボス(1992年)
実録 広島やくざ戦争(2000年)
実録 広島やくざ戦争 完結篇(2000年)
日本抗争列島 牙の如く(2001年)

声の出演
しろくまくん、どこへ?(1990年 ムービック/CBSソニー)ナレーション
千と千尋の神隠し(2001年 スタジオジブリ)釜爺役
サムライジャック(2002年)アク役
雪の女王(2005年〜2006年 NHK)べー役
ゲド戦記(2006年 スタジオジブリ)大賢人ゲド役

TV
1980年 『獅子の時代』(主人公・平沼銑次役)
1981年 『警視庁殺人課』 (殺人課課長・五代尭警部役、通称・ミスター)
1983年 『パパ、スカートはいてよ』
1984年 『東大一直線 もう高校はいらない』
1986年 『武蔵坊弁慶』(源頼朝役)
1987年 『武田信玄』(武田家宿老 板垣信方)
1992年 『北の国から'92巣立ち』
1993年 『世にも奇妙な物語−ガード下の出来事』
1994年 『警部補 古畑任三郎(最後のあいさつ)』(犯人・小暮音次郎役)
1998年 『徳川慶喜』(徳川斉昭役)
1998年 『先生知らないの?』
1999年 『チャンスの殿堂!』(バラエティ番組・レギュラー)
1999年 『元禄繚乱』
2000年 『晴れ着ここ一番』
2002年 『利家とまつ 加賀百万石物語』(前田利昌役)
2003年 『高原へいらっしゃい』
2004年 『4TEEN フォーティーン』
2007年 NHK土曜ドラマ『ハゲタカ』(大木昇三郎役)

ビデオ
復讐は俺がやる・Distant Justice(1992年)
ビッグボス(1992年)
実録 広島やくざ戦争(2000年)
実録 広島やくざ戦争 完結篇(2000年)
日本抗争列島 牙の如く(2001年)

CM
朝日ソーラー
松下電器
サントリー
宮城米
マルコメ

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東映のトップ女優として君臨したこともある 佐久間良子

佐久間良子(さくま よしこ、1939年2月24日 - )は、日本の女優。東京都練馬区出身。

川村高等学校在学中の1956年、高等学校の先輩で東映の女優・小宮光江に誘われ、東映東京撮影所を見学した時に東映宣伝部にスカウトされる。翌1957年に東映第4期ニューフェイスとして入社。同期には山城新伍、曽根晴美、室田日出男、水木襄、花園ひろみ、山口洋子らがいる。1958年、映画「美しき姉妹の物語・悶える早春」でデビュー。以降、東映の看板女優として数多くの映画に主演。

1961年、映画「湖畔の人」で鶴田浩二の相手役をつとめた。この頃から、実生活でも鶴田の恋人として大いに当時のマスコミをにぎわせた。

1963年、映画「人生劇場 飛車角」で鶴田演ずる飛車角の情婦という初の汚れ役が話題になった。続いて、「五番町夕霧楼」(代表作)・「越後つついし親不知」・「湖の琴」などの名作映画にも出演し、演技力も認められるようになった。

1960年代後半に入り、東映はヤクザ映画とポルノ路線を推し進め、ヤクザ映画の藤純子(現・富司純子。寺島しのぶの母)に東映のトップ女優の座を奪われ、以後、映画出演は激減。

しかし、1968年頃からテレビドラマと舞台に活躍の場を移し、映画女優時代以上の名声を得て、日本を代表する大女優としての揺るぎない地位を確立した。テレビドラマでは特にNHK大河ドラマ史上、数少ない女性主役を務めた『おんな太閤記』の「ねね役」が有名で、お茶の間の人気を博した。私生活では俳優の平幹二朗と1970年結婚し、1974年7月27日一男一女(双子)に恵まれるが、1984年5月28日離婚記者会見。

舞台では1983年に菊田一夫演劇大賞、1995年に文部省芸術祭賞を受賞している。2004年の舞台大作『鹿鳴館(戯曲)』(三島由紀夫原作)では元夫の平と俳優になった長男・平岳大と共演し話題になった。

書道では、81年に「日展」に入選。「毎日書道展」でも入選。各地で個展も開催されている。2003年の誠直也主演の『実録ヒットマン 北海の虎・望郷』では題字を担当した(出演はしていない)。

1998年12月、宗教団体「二譲会」代表とともに「広告塔」としての責任を問われ都内の主婦より損害賠償請求で提訴される。それ以前10月当時からの週刊誌報道が過熱するなか、11月25日、緊急記者会見。代表との関係は認めるが、身に覚えのないことと広告塔であることについては否定。 2000年3月、一部週刊誌に代表との借金トラブルが報じられ、二譲会女性幹部からは暴露的記事も。 一時は和解へ向かったが、法廷闘争へ。2000年5月10日には、裁判に初出廷。その後10月27日の判決で佐久間自身に責任はないとされた。 借金トラブルについては、2001年11月 代表平林恵美子から借金返還で訴えられる。2002年12月2日、出廷。

映画出演はその後、いずれも主役の『戦争と人間・第二部』(1971年)・『病院坂の首縊りの家』(1979年)・『細雪』(1983年)・『遺産相続』(1990年。古巣の東映作品。日本アカデミー賞優秀主演女優賞受賞)があるが、1970年(昭和45年)以降、現在までの三十数年間で出演数はわずか6作品のみにとどまっている。


出演作品
映画
美しき姉妹の物語 悶える早春(1958年、東映)
白蛇伝(1958、東映)東映動画の第一作、アニメ作画用モデルとして
台風息子 修学旅行の巻(1958年、東映)
台風息子 最高殊勲の巻(1958年、東映)
三代目・魚河岸の石松(1958年、東映)
デン助の陽気な靴みがき(1958年、東映)
おけさ姉妹(1958年、東映)
ひばりの花形探偵合戦(共演:美空ひばり/1958年、東映)
空中サーカス 嵐を呼ぶ猛獣(1958年、東映)
地獄の午前二時(1958年、東映)
一丁目一番地 おじいちゃんは日本晴れ(1958年、東映)
夜霧の南京街(1958年、東映)
母と拳銃(1958年、東映)
一丁目一番地 町内ニコニコ会議(1958年、東映)
デン助の陽気な拳斗王(1958年、東映)
旗本退屈男 謎の南蛮太鼓(1959年、東映)
旋風家族(1959年、東映)
無法街の野郎ども(1959年、東映)
黒い指の男(1959年、東映)
警視庁物語 顔のない女(1959年、東映)
獣の通る道(1959年、東映)
特ダネ三十時間 第三の女(1959年、東映)
たつまき奉行(監督:マキノ雅弘/1959年、東映)
新吾十番勝負(1959年、東映)
母子草(監督:山村聰/共演:田中絹代/1959年、東映)
白い通り魔(1959年、東映)
独眼竜政宗(1959年、東映)
地獄の底までつき合うぜ(1959年、東映)
疑惑の夜(1959年、東映)
埠頭の縄張り(1959年、東映)
ふたりの休日(1959年、東映)
天下の快男児 万年太郎(1960年、東映)
二発目は地獄行きだぜ(1960年、東映)
新吾十番勝負 第三部(1960年、東映)
白い崖(監督:今井正/共演:有馬稲子/1960年、東映)
秘密(監督:家城巳代治/共演:山田五十鈴/1960年、東映)
俺から行くぞ(1960年、東映)
多羅尾伴内 七つの顔の男だぜ(1960年、東映)
大空の無法者(1960年、東映)
吠えろ岸壁(1960年、東映)
砂漠を渡る太陽(1960年、東映)
遙かなる母の顔(1960年、東映)
ぽんこつ(1960年、東映)
大いなる驀進(1960年、東映)
俺が地獄の手品師だ(1961年、東映)
天下の快男児 旋風太郎(1961年、東映)
拳銃野郎に御用心(1961年、東映)
若い涙を吹きとばせ(1961年、東映)
アマゾン無宿 世紀の大魔王(1961年、東映)
地獄に真紅な花が咲く(1961年、東映)
進藤英太郎の社長シリーズ 次郎長社長と石松社員(1961年、東映)
進藤英太郎の社長シリーズ 続・次郎長社長と石松社員(1961年、東映)
安寿と厨子王丸(1961年、東映)アニメ、声優として
ヒマラヤ無宿 心臓破りの野郎ども(1961年、東映)
故郷は緑なりき(1961年、東映)
警視庁物語 十二人の刑事(1961年、東映)
黄色い風土(監督:石井輝男/1961年、東映)
進藤英太郎の社長シリーズ 次郎長社長とよさこい道中(1961年、東映)
進藤英太郎の社長シリーズ 石松社員は男でござる(1961年、東映)
湖畔の人(共演:鶴田浩二、江原真二郎、久保菜穂子/原作:源氏鶏太/1961年、東映)
次郎長社長と石松社員 威風堂々(1962年、東映)
恋愛学校(原作:瀬戸内晴美/1962年、東映)
太平洋のGメン(監督:石井輝男/1962年、東映)
純愛物語 草の実(1962年、東映)
源九郎義経(1962年、東映)
がんこ親父と江戸っ子社員(1962年、東映)
暗黒街最後の日(1962年、東映)
ギャング対Gメン(監督:深作欣二/1962年、東映)
遊民街の銃弾(1962年、東映)
若さま侍捕物帳 お化粧蜘蛛(1962年、東映)
裏切者は地獄だぜ(1962年、東映)
東京丸の内(共演:高倉健/1962年、東映)
第八空挺部隊 壮烈鬼隊長(1963年、東映)
ギャング対Gメン 集団金庫破り(監督:石井輝男/1963年、東映)
人生劇場 飛車角(1963年、東映)
柔道一代(1963年、東映)
人生劇場 続・飛車角(1963年、東映)
暗黒街最大の決闘(1963年、東映)
次郎長三国志(監督:マキノ雅弘/1963年、東映)
ギャング忠臣蔵(1963年、東映)
五番町夕霧楼(監督:田坂具隆/キネマ旬報ベストテン第3位/1963年、東映)
続・次郎長三国志(監督:マキノ雅弘/1963年、東映)
地獄命令(1964年、東映)
図々しい奴(1964年、東映)
次郎長三国志 第三部(監督:マキノ雅弘/1964年、東映)
人生劇場 新・飛車角(1964年、東映)
越後つついし親不知(監督:今井正/キネマ旬報ベストテン第6位/1964年、東映)
続・図々しい奴(1964年、東映)
竜虎一代(1964年、東映)
肉体の盛装(1964年、東映)
顔役(監督:石井輝男/1965年、東映)
孤独の賭け(1965年、東映)
にっぽん泥棒物語(監督:山本薩夫/キネマ旬報ベストテン第4位/1965年、東映)
逃亡(1965年、東映)
次郎長三国志 甲州路殴り込み(監督:マキノ雅弘/1965年、東映)
花と龍(1965年、東映)
続・花と龍 洞海湾の決斗(1966年、東映)
愛欲(1966年、東映)
湖の琴(監督:田坂具隆/キネマ旬報ベストテン第4位/1966年、東映)
あゝ同期の桜(1967年、東映)
喜劇 急行列車(共演:渥美清/1967年、東映)
大奥(秘)物語(共演:山田五十鈴/1967年、東映)
喜劇 団体列車(共演:渥美清、笠智衆/1967年、東映)
旅路(共演:仲代達矢/1967年、東映)
雪夫人絵図(※製作は1968年、公開は1975年/東映)
人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊(1968年、東映)
喜劇 初詣列車(共演:渥美清/1968年、東映)
わが闘争(原作:堤玲子。アドルフ・ヒトラーとは全く関係が無い/共演:加賀まりこ/1968年、松竹)
喜劇“夫”売ります!!(1968年、東映)
大奥絵巻(1968年、東映)
風林火山(原作:井上靖/共演:三船敏郎、石原裕次郎/キネマ旬報ベストテン第10位/1969年、東宝)
妾二十一人 ど助平一代(1969年、東映)
超高層のあけぼの(共演:田村正和、新珠三千代/1969年、東映)
商魂一代 天下の暴れん坊(1970年、東宝)
戦争と人間・第二部 愛と悲しみの山河(監督:山本薩夫/共演:浅丘ルリ子、高橋英樹、栗原小巻/キネマ旬報ベストテン第4位/1971年、日活)
病院坂の首縊りの家(監督:市川崑/1979年、東宝)
ちゃんばらグラフィティー 斬る!(※過去の東映時代劇映画の総集編/1981年、東映)
細雪(監督:市川崑/共演:岸惠子、吉永小百合/キネマ旬報ベストテン第2位/1983年、東宝)
遺産相続(1990年、東映)
スペインからの手紙 ベンポスタの子どもたち(監督:朝間義隆/1993年、松竹)

テレビドラマ
 佐久間良子アワー・北野踊り(1965.2.12〜3.5 フジ)初のテレビドラマ
 鶴っ子(1965.10.
晩春(1966年、フジテレビ)
徳川の夫人たち(1967年 1.8〜4.2、NET)
 今日の口紅(1967.9.16 NHK)
 若狭の女(1967.6.15
 皇女和の宮(1968.1.1〜2.19 NET)
お吟さま(1968年 10.3〜11.21、NET)
宵待草(1969年 7.11〜8.1、フジテレビ)
 華やかな春(1969.1.9〜2.13 NTV)初の現代ドラマ ミニスカート姿が話題に
 一の糸(1969.4.7〜4.18 NHK)
華々しき一族(1970年 4.4〜5.30、NTV)
北条政子(1970年 8.13〜10.15、NET)
愛と死の砂漠(1971年、KTV)
「女の日時計」(1971.3.5〜3.26 フジ)
愛情の系譜(1971年 6.14〜7.19、NET)
新・平家物語(1972年、NHK大河ドラマ・建礼門院徳子役)
 針女(1972.1.10〜1.14 NHK)向田邦子 脚本
 恋は初恋(1972.1.28〜5.5 NTV)
出雲の阿国(1973年 1.1〜4.16、NET)
 北国の女の物語(1973.5.21〜7.23 NET)
金色夜叉(1973年 1.10、NHK)
明治一代女(1973年 10.3、NET)
雪舞い(1974年 1.8〜3.26、NTV)
心の旅路(1975年 11.4〜76.1.27、NTV)同名アメリカ映画を、昭和35年の秋田に設定した
 さやえんどう(1975.4.3〜5.29  NET)
 目撃・ある愛のはじまり(1976.7.8〜9.30 NTV) 新藤兼人 脚本
「さらばかぐわしき日々」(1976.10.1〜12.24 TBS)
さすらいの旅路(1977年 4.19〜7.26、NTV)
 人はそれを情死と呼ぶ(1977.1112 テレビ朝日)
舞いの家(1978年 1.12〜3.30、MBS)
哀愁 果てしなき愛(1978年 4.6〜9.28、NTV)
帰らざる旅路(1979年 1.23〜4.17、NTV)
女たちの忠臣蔵(1979年 12.9、TBS)
 未亡人(1980.3.5〜7.16 TBS)
 愛は海鳴りのごとく・唐人お吉(1980.5.22 NTV)
おんな太閤記(1981年 1.11〜12.20、NHK大河ドラマ・ねね役)
 あっけらかん(1982.5.28〜8.20 NTV)看護婦役
波の塔(1983.10.15〜3回 NHK)
 花の吉原 雪の旅(1984.1.3 TBS)
 七人目のいとこ(1984.1.16 フジ)
 訃報は午後二時に届く(1984.5.31〜7.5 テレビ朝日)最後の主演連続ドラマ
天璋院篤姫(1985年 1.3 テレビ朝日)
「月の愛」(1985.9.26 NTV)
「狐とたぬき」(1986.4.10 NTV)ミヤコ蝶々との競演
「生命、ありがとう」(1986.12.3 TBS)
旦那さま大事(1986年 12.29、TBS)
風の盆恋歌(1986年 8.29、フジテレビ)
愛と欲望の装飾(1986年 10.7、NTV)
女の旅路(1987年 4.16、NTV)
愛と野望の虚像(1987年 10.13、NTV)
 海の入り日(1988.1.8 フジ)
 ひき逃げ(1988.11.24 NTV)
徳川家康(1988年、TBS)
ダイアリー 車椅子の青春日記(1988年 2.18、NTV/※ビデオ化)
火曜サスペンス劇場・愛が壊れる!(1988年 9.27、NTV)
妻たちの鹿鳴館(1988年 10.8、TBS)
「母の帰り道}(1989.4.5 NTV)
春日局(1989年、NHK大河ドラマ)
ドナウの旅人(1989年 10.1・2、テレビ朝日開局30周年(当時)記念大作ドラマ。原作:宮本輝。ちょうど東西冷戦終結前後の大掛かりな東欧ロケが話題になった)
女のときめき(1989年 11.12、TBS)
新吾十番勝負(1990年 1.3、テレビ朝日)
 家族の値段(1990.1.20・27 NHK)
愛の罠(1990年 4.27、フジテレビ)
 智恵子と光太郎・極北の愛(1991.11.9 NHK)
本陣殺人事件(1992年 10.2、フジテレビ)
また逢う日まで 女の春(1992年 3.26、NTV)
 女の家(1993.3.28 TBS)東芝日曜劇場最終回
「津軽じょんがら殺人事件(1993.9.18 テレビ朝日)
これでいいのだ(1994年 8.22〜9.15、ドラマ新銀河。原作:赤塚不二夫)
おごるな上司!(1996年、NHK)
寺子屋ゆめ指南(1997年 1.9、NHK)
食卓から愛をこめて(1998年 10.14〜、テレビ東京)
火曜サスペンス劇場・取調室11(2000年、NTV)
女と愛とミステリー・鬼子母の末裔(2003年、テレビ東京)
金曜エンタテイメント 浅見光彦シリーズ・化生の海(2005年、フジテレビ)
功名が辻(2006年、NHK大河ドラマ。共演:仲間由紀恵)
 黙秘 (2006.8.14 TBS)
水曜ミステリー9・刑事吉永誠一・涙の事件簿6(2007年8月22日、テレビ東京)

舞台
「春の雪」 (原作:三島由紀夫) 1969.9.4〜10.28 芸銃座 初舞台 4ヶ月ロングラン 市川染五郎(現 松本幸四郎)との競演 三島由紀夫 原作・菊田一夫 演出
 花筵 はなむしろ 1970.9.3〜10.31 芸術座 菊田一夫 演出 田宮二郎と
「シラノ・ド・ベルジュラック」 (作:エドモン・ロスタン)1975.1 シラノ(平幹二朗)の相手役ロクサーヌ姫に
 真砂屋お峰 1975   東京宝塚劇場 有吉佐和子 原作・演出
 さすらいの旅路 1978.5 帝劇 石井ふく子 演出
 白蝶記 1979.5 東京宝塚劇場 ジョージ・チャキリス 共演 石井ふく子 演出
 鹿鳴館 1982.4.5〜30 帝劇  朝子役 石井ふく子 演出
「唐人お吉」 1983.4.5〜30 帝劇 (1984.4 第9回菊田一夫演劇大賞) 1987.5 同再演 1994.10.4〜30(文化庁芸術祭賞)同三演 〜各地で公演重ねる
 松屋のお琴 1984.3 帝劇
「桜の園」 (原作:アントン・チェーホフ)1984.10.2〜30 帝劇 クリフォード・ウィリアムス 演出

 浮舟・源氏物語より 1985.3 帝劇 中村勘三郎・勘九郎(当時)と共演
 花の吉原 雪の旅 1985.12.4〜28 帝劇
 滝の白糸 1986.6 帝劇 
 椿姫 1986.11.2〜29 帝劇 マルグリット役 役所広司 共演 
 天満の恋 1988.9.5〜30 帝劇 江守徹 演出
「真砂屋お峰」再演 1989.5 帝劇
 春日局 1989.12 帝劇
「終着駅」 1990.6.1〜27(共演:役所広司)
 京都三千院 大原女人幻想 1990.10.29 語り部としてナレーション
「槌屋梅川の一生」1991.5.5〜28 日生
 絵島疑獄 1991.10.4〜30 帝劇
「源氏夜話 女三の宮」 (原作:紫式部)1992.2.3〜29 帝劇 萬屋錦之助 競演
「チャタレイ夫人の恋人」 (共演:錦織一清(少年隊)。原作:D・H・ローレンス。[1993.4.6〜29 [日生劇場]])
「名残の雪 村山たか女抄」 1993.11.3〜29 帝劇
 白蓮れんれん びゃくれんれんれん 1995.11 帝劇 林真理子 原作
「新版・滝の白糸」 (原作:泉鏡花)1995.2.2〜28 帝劇 1997.4.30〜 全国7都市公演
「津和野の女・伊澤蘭奢の生涯」1994.5.4〜30 帝劇
 波の鼓 1996.10 帝劇
「晶子曼荼羅」 1998.1.2〜29 帝劇
 風の盆恋歌 1998.11.2〜28 帝劇 1999.8 名古屋御園座
 喜劇 恐妻侍の妻 1999.5.5〜28 日生 渡辺徹 共演
 春朧(はるおぼろ)1999.10.3〜29 帝劇 山田五十鈴(当時82)と初共演
「細雪」2000.1.2〜29 帝劇 長女鶴子役 2001.5.2〜28 帝劇再演 2004年迄各地でロングラン
「女の一生」2000.11.1〜12.28 芸術座
「長崎ぶらぶら節」2001.10.31〜11.25 帝劇 松阪慶子 共演
「てるてる坊主の照子さん」 2002.10.2〜28 帝劇(原作:なかにし礼)11.1〜25 名古屋御園座
「鹿鳴館」 (原作:三島由紀夫)2002.5.17〜6.2 ル テアトル銀座
「簪マチ子 幸せのとなり」 2003.9.1〜10.28 芸術座 石井ふく子 演出 女スリ役
「東京駅」 2004.11.4〜12.28 芸術座
「好色一代女」2005.9.2〜23 ル テアトル銀座
「世界劇『黄金の刻』-愛と永遠の絆-」 (共演:常盤貴子、彩輝なお(彩輝直)。2006年、日本武道館)
「大奥−月光院物語−愛しき人」 (2007年3月、名古屋・御園座)
「アルゴス坂の白い家−クリュタイメストラ−」 (2007年9月20日〜10月7日、新国立劇場)
「朱雀家の滅亡」 (2007年12月4日〜12月16日、豊島区立舞台芸術交流センター)

バラエティー番組
「SMAP×SMAP」(フジテレビ) - ビストロSMAPゲスト、1996年8月5日
オーダーは「ドイツで食べたソーセージ」
「森田一義アワー 笑っていいとも!」(フジテレビ) - テレフォンショッキングゲスト
「さんまのまんま」(関西テレビ)
「新春かくし芸大会」(フジテレビ) - 審査員
「なるほど!ザ・ワールド」(フジテレビ)
「一枚の写真」(フジテレビ)
「世界まるごとHOWマッチ!!」(TBS)
「すばらしき仲間」(TBS)
「ザ・ベストテン」(TBS) - 特別ゲスト 1982.2.25
 NHKショー 佐久間良子ショー 1982.6.17 歌も披露
「土曜スタジオパーク」(NHK総合)2006.7.15
「生活ほっとモーニング」(NHK総合) ‐ 2007年9月11日
「日曜ワイド」(テレビ朝日)
「タモリ&さんまの爆笑タッグマッチ」(日本テレビ)
「女ひとり旅」(テレビ朝日)1986.4.17 
「料理バンザイ!」(テレビ朝日)
「ひるのプレゼント」(NHK総合)
「ためしてガッテン」(NHK総合)
「徹子の部屋」(テレビ朝日)
「スタジオパークからこんにちは」(NHK総合)
「ダチョウ観光社・中国紀行」 (2005.12.4 テレビ朝日)

アニメ
安寿と厨子王丸(安寿役。東映映画)

CM
 冨久娘 1967年〜
 中央相互銀行
 東芝電気製品
旭化成サランラップ
アートネイチャー
 JAバンク 岡本綾と「年金自動受取サービス」2002 テニス姿で
 エスビーカレー 1982 ジェームス・ディーンのポスターと

受賞歴
第4回日本ジュエリーベストドレッサー賞50代部門(1993年)
第4回 ベストスイマー表彰 水泳名人の称号が 日本スイミングクラブ教会(2003年)

以上、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より転載。







さ行

[ 「君の名は」でトップ・スターの地歩を築いた佐田啓二

佐田 啓二(さた けいじ、本名・中井寛一、1926年12月9日 - 1964年8月17日)は昭和中期(1940年代後半 - 1960年代前半)の俳優。

京都市下京区の商家の息子に生まれる。京都市立第二商業学校卒業後、早稲田大学政治経済学部に入学する。学生時代、松竹の人気俳優佐野周二の家に下宿していた縁で、1946年、松竹大船撮影所に入社する。

1947年、木下恵介監督の『不死鳥』で、いきなり、大スター田中絹代の相手役に抜擢される。田中とのラブシーンは話題となり、早くもスターの地位を獲得する。続いて、菊田一夫原作のNHKの人気ラジオドラマの映画化、『鐘の鳴る丘』に主演し、国民的人気を獲得する。

ほぼ同時期にデビューした高橋貞二、鶴田浩二と人気を分け合い「松竹戦後の三羽烏」と言われた。その人気を決定的なものとしたのは、1953年に公開された『君の名は』である。当時の大人気ドラマを映画化したこの作品で岸惠子と共演し、名実共にトップスターの地位につく。

その後、徐々に演技派に脱皮していき、特に、プロ野球選手のスカウト合戦を題材にした1956年の小林正樹監督の問題作『あなた買います』ではスカウトを演じ、伊藤雄之助を相手に鬼気迫る演技を見せ、毎日映画コンクール、ブルーリボン賞の主演男優賞を獲得した。

その後も、木下の『喜びも悲しみも幾歳月』、小津安二郎の『秋刀魚の味』など戦後を代表する作品に出演する。1964年8月17日、信州の別荘から東京へ戻る途中韮崎市の国道20号線で交通事故に遭い死去。享年37。そのため、出演中であったNHKのドラマ『虹の設計』は生前の映像のコラージュにより製作された。墓所は田中絹代と同じ鎌倉・円覚寺にある。

俳優の中井貴一、中井貴惠は実子。

主な出演作品

映画
「不死鳥」(1947年)
「お嬢さん乾杯!」(1949年。監督:木下恵介)
「カルメン故郷に帰る」(1951年。初のカラー映画出演)
「命美わし」(1951年)
「自由学校」(1951年。松竹版)
「本日休診」(1952年)
「ひばりのサーカス 悲しき小鳩」(1952年。※DVD発売)
「日本の悲劇」(1953年。監督:木下恵介)
「君の名は 第1部〜第3部」(1953年〜1954年。※DVD発売)
「勲章」(1954年)
「あなた買います」(1956年。監督:小林正樹)
「台風騒動記」(1956年。監督:山本薩夫)
「喜びも悲しみも幾歳月」(1957年。監督:木下恵介)
「彼岸花」 EQUINOX FLOWER (監督:小津安二郎。1958年。※DVD発売)
「日日の背信」(1958年)
「人間の條件 第1部〜第4部」(ヴェネチア国際映画祭サン・ジョルジョ賞、イタリア批評家賞受賞作品。監督:小林正樹。1959年。※DVD発売)
「惜春鳥」(1959年。監督:木下恵介。※DVD発売)
「お早よう」 GOOD MORNING (監督:小津安二郎。1959年。※DVD発売)
「秋日和」 LATE AUTUMN (監督:小津安二郎。1960年。※DVD発売)
「永遠の人」 IMMORTAL LOVE (第34回アカデミー外国語映画賞本選ノミネート作品。監督:木下恵介。1961年)
「猟銃」(1961年。※ビデオ化)
「秋刀魚の味」 AN AUTUMN AFTERNOON (監督:小津安二郎。1962年。※DVD発売)
「歌え若人達」(1963年。監督:木下恵介。※DVD発売)
「無宿人別帳」(1963年。※DVD発売)
「風の視線」(1963年。※DVD発売)
「花の咲く家」(1963年。インドネシアロケが行なわれた)
「続・拝啓天皇陛下様 」(1964年。※DVD発売)
「暗殺」(1964年。※DVD発売)
「甘い汗」(1964年)








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若大将シリーズ二代目相手役 酒井和歌子

酒井 和歌子 (さかい わかこ、1949年4月15日 - ) は日本の女優。東京都出身。目白学園女子短大国文科中退。劇団若草に入団して子役として活動後、昭和40年代の東宝の青春映画で活躍した。「若大将シリーズ」で加山雄三の二代目相手役をつとめた他、「めぐりあい」、「誰のために愛するか」等に主演した。 東宝退社後も、テレビ等で清純派女優をペースとして活躍している一方、悪女役などもこなすなど、幅広い演技も見せている。

出演作

映画
あいつと私(1961年9月10日、日活)
目をつぶって突っ走れ(1962年6月3日、日活)
今日もわれ大空にあり(1964年2月29日、東宝)
落語野郎 大脱線(1966年6月30日、東宝)
落語野郎 大馬鹿時代(1966年11月20日、東宝)
これが青春だ!(1966年12月17日、東宝):香代
レッツゴー!若大将(1967年1月1日、東宝):スチュワーデス
落語野郎 大爆笑(1967年2月11日、東宝):お七
伊豆の踊子(1967年2月25日、東宝):お雪
続何処へ(1967年3月12日、東宝):森田美代
でっかい太陽(1967年9月15日、東宝):本田桃代
青春太郎(1967年10月18日、東宝):半沢花子
ドリフターズですよ!前進前進また前進(1967年10月28日、東宝)
燃えろ!太陽(1967年12月6日、東宝):並木和子
社長繁盛記(1968年1月14日、東宝):中川めぐみ
続社長繁盛記(1968年2月24日、東宝):中川めぐみ
兄貴の恋人(1968年9月7日、東宝):野村和子
燃えろ!青春(1968年12月19日、東宝):三沢朝子
誰のために愛するか(1971年4月1日、東宝)
百万人の大合唱(1972年2月26日、近代放映)
戦争を知らない子供たち(1973年5月12日、東宝)
グァム島珍道中(1973年12月29日、東宝)
華麗なる一族(1974年1月26日、芸苑社)
刑事物語2 りんごの詩(1983年7月2日、東宝)
修羅の群れ(1984年11月17日、東映京都)
アイ・ラヴ・ピース(2003年12月20日、こぶしプロ)
県庁の星(2006年2月25日、東宝)

テレビドラマ
青春とはなんだ第13話「危険な年輪」(1966年1月16日、日本テレビ) - 木塚敦子役
まかしといて!(1968年8月‐10月、TBS)
こんにちは!そよ風さん(1969年1月‐4月、TBS)
あしたはまっ白(1970年6月‐7月、日本テレビ)
蒼いけものたち(1970年8月‐9月、日本テレビ)
青春の挽歌(1970年11月、フジテレビ)
忍ぶ糸(1971年1月‐3月、NET)
あたし頑張ってます(1971年10月‐1972年3月、TBS)
金曜ドラマいま炎のとき(1972年、TBS)
飛び出せ!青春(1972年 - 1973年、東宝・日本テレビ) - 本倉先生役
太陽にほえろ!(1973年、東宝・日本テレビ) - 101話「愛の殺意」今井ノリコ役
金曜ドラマ ガラスの森(1975年、TBS)
気まぐれ天使(1977年)第16回‐第43回
長七郎天下ご免!(1979年10月‐1982年3月、朝日放送)
大岡越前
愛の滑走路'81 (1981年2月〜5月,TBS系)
男なら!(1982年、TBS)
殺さないであなた(1983年、フジテレビ)
必殺仕事人・激突!
お茶の間
星の金貨(1995年4月‐7月、日本テレビ)
噂の伝次郎(1997年11月‐12月、NHK)
はるちゃん(6)(2002年、東海テレビ)
水曜ミステリー9 鉄道警察官走る捜査線 清村公三郎(2006年11月、テレビ東京)

教養・バラエティ番組
料理バンザイ!(テレビ朝日)
ためしてガッテン(NHK) - 不定期出演

舞台
夜の辛夷 - 主演
大石内蔵助 ほか- 里見浩太朗の相手役として出演

以上、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より転載。







さ行

愛妻家だった佐分利信

佐分利信(さぶり しん、1909年2月12日 - 1982年9月22日)は、日本の俳優、映画監督。北海道歌志内市出身。愛称「サブリどん」。

北海道空知郡歌志内村の炭鉱夫の家に生まれる。1923年、中学教師になるため上京、肉体労働などで生活費を稼ぎながら夜間学校に通うが、結局卒業することなく、郷里に戻って小学校の代用教員になる。その後は神戸に行き、友人と婦人新聞の発行を計画して失敗、再び上京し、職を探す間に映画を見ているうちに映画関係の職につこうと1929年、日本映画俳優学校に入り、映画監督を目指す。

小杉勇や八木保太郎に俳優になるよう勧められ、二人の伝手で1930年に日活に入社、1931年、島津元の芸名で「日本嬢」(内田吐夢監督)で俳優デビュー。続く「動員令」で主演に抜擢され、今までの俳優にはなかった朴訥とした演技で注目されるが、本人は後年、「僕は芝居に乗らない気持ちで出てるだけ。それが自然な演技が要求される映画だから、それなりに行けた」とそのことを語っている。1932年、「さらば東京」で共演した黒木しのぶと同棲ののち結婚する。仕事する日は必ず玄関で握手してから出かけるなど大変な愛妻家だった。

1933年の「女性陣」を最後に日活を退社、1935年に松竹蒲田に入社する。そこで島津保次郎監督が自分と同じ苗字ではまずいということで佐分利信に改名する。名前は駐華公使で怪死した佐分利貞夫と画家の佐分信からちなんだもの。1932年に「感情山脈」(清水宏監督)「家族会議」「男性対女性」(島津保次郎監督)、1936年に「人妻椿」(野村浩将監督)と順調に売り出し、同年の「新道・前後篇」で上原謙、佐野周二と松竹三羽烏を結成し、翌年の三人で主演した「婚約三羽烏」が大ヒットする。佐分利は地方出身、上原は山手出身、佐野は下町出身の若者を演じ、三人を目当てに女性ファンが殺到したという。

1938年に幹部昇格、1939年には秀作「兄とその妹」(島津)で真面目なサラリーマンを演じ、演技者としても高い評価を得る。島津が東宝に移ったあとは、吉村公三郎監督の「暖流」の病院を建て直す青年実業家役や、1941年の小津安二郎監督による「戸田家の兄妹」の正義感に満ちた若者役で主演し、共に自身の代表作となった。

戦後は吉村公三郎監督の「誘惑」、「嫉妬」に好演するも、役柄に恵まれずしばらくは低迷したが、1950年の「女性対男性」で俳優を兼ねながら監督業に進出、脚本家・猪俣勝人と組んで「執行猶予」、「あゝ青春」「風雪二十年」、「慟哭」「人生劇場・二部作」、「広場の孤独」と社会派映画を発表、そのほとんどがベスト・テン入りするという快挙を果たし、また監督の傍ら、大庭秀雄監督の「帰郷」、渋谷実監督の「自由学校」、小津安二郎監督の「お茶漬けの味」と名匠の作品に出演、「帰郷」「お茶漬けの味」で毎日映画コンクール主演男優賞、「執行猶予」の演出でブルー・リボン新人演出賞を受賞する。1958年の「悪徳」を最後に監督業から手を引いた以降は、小津の「彼岸花」、「秋日和」、五所平之助監督の「猟銃」、増村保造監督の「氾濫」に出演する。

1961年にテレビの方に活躍の場を移す。そして1973年、12年ぶりに「朝やけの詩」で映画復帰、翌1974年の山本薩夫監督の「華麗なる一族」の阪神銀行・万俵頭取役でその存在をアピールし、1975年の小林正樹監督の「化石」でガンに侵された男を熱演、キネマ旬報主演男優賞と毎日映画コンクール主演男優賞を受賞し、1977年からは「日本の首領・三部作」に主演、晩年の代表作となった。1975年に紫綬褒章を受章。

私生活では1964年に夫人を肝臓癌で亡くし、本人も1982年9月3日に体調不良から板橋区の日大板橋病院に入院した。病名は妻と同じ肝臓ガンだったが、すでに手術不可能の状態にあり、胸に穴をあけて高カロリー液を注入することを医者が勧められるも拒否して、9月22日午後11時55分に73歳で世を去った。

映画
婚約三羽烏(1937年)
暖流(1939年)
戸田家の兄妹(1941年)
嫉妬(1949年)
自由学校(1951年)
お茶漬の味(1952年)
彼岸花(1958年)
猟銃(1961年)
華麗なる一族(1974年)
砂の器(1974年)
化石(1975年)
獄門島(1977年)
日本の首領シリーズ
事件(1978年)
皇帝のいない八月(1978年)
配達されない三通の手紙(1979年)
わるいやつら(1980年)
地震列島(1980年)
悪霊島(1981年)
化石の荒野(1982年)

テレビ
私は貝になりたい(1958年・TBS)
横溝正史シリーズ・三つ首塔(1977年・毎日放送)
白い巨塔(1978年・フジテレビ)船尾教授役
阿修羅のごとく(1979年・NHK)
阿修羅のごとく パート2(1980年・NHK)

監督作品
女性対男性
慟哭
叛乱

以上、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より転載。





さ行

「生きる」で『世界一の名優』と絶賛された 志村喬

志村 喬(しむら たかし、1905年3月12日 - 1982年2月11日)は兵庫県出身の俳優。本名は島崎捷爾(しまざき しょうじ)。

旧制神戸一中(現兵庫県立神戸高等学校)に入学し、その後病気のため宮崎県立延岡中学校(現宮崎県立延岡高等学校)へ転校し、同中学校卒業。関西大学専門部中退。

戦前は嵐寛寿郎主演の『右門捕物帳 拾万両秘聞』(1939年)でのアバタの敬四郎など、味のある脇役として存在感を示す。マキノ雅弘監督のシネオペレッタ『鴛鴦歌合戦』では初めて主役を演じ、共演したディック・ミネに、歌手デビューを勧められたこともあるという。『ゴジラ』以来怪獣映画・特撮映画の出演も多く、世界でもっとも知られた日本人映画俳優の一人でもある。

黒澤映画
黒澤明監督に重用され、黒澤映画への出演は三船敏郎を抜いて最も多い。黒澤の初監督作品『姿三四郎』で既に主人公のライバルとして登場しており、『野良犬』『酔いどれ天使』では主役級に抜擢。『生きる』ではワンマン扱いで主演(この時代の黒澤映画では、この作品のみ三船が出ていない)、癌に侵された市役所員を好演し、NYタイムズに「世界一の名優」と絶賛された。続いて『七人の侍』では侍達のリーダー勘兵衛役で、お荷物的存在・菊千代を演じる三船と対照を成すダブル主演。それまでの性格俳優的なイメージを一新する沈着豪胆なヒーロー像をうちたて、生涯の代表作とした。黒澤映画のモノクロ時代の最終作品『赤ひげ』までで、出演していない黒澤作品は片手の指の数より少ない。晩年の黒澤映画では『影武者』にも出演している。

主な出演映画
★印は黒澤監督作品。

赤西蠣太(1936年)
鴛鴦歌合戦(1939年)
大楠公(1940年)…坊門清忠
★姿三四郎(1943年)
★一番美しく(1944年)
加藤隼戦闘隊(1944年)
★わが青春に悔なし(1946年)
銀嶺の果て(1947年)
★酔いどれ天使(1948年)…真田
★静かなる決闘(1949年)
★野良犬(1949年)…佐藤刑事
★醜聞(1950年)…蛭田乙吉
★羅生門(1950年)
★白痴(1951年)
★生きる(1952年)…渡邊勘治
荒木又右衛門 決闘鍵屋の辻(1952年)
太平洋の鷲(1953年)
★七人の侍(1954年)…島田勘兵衞
ゴジラ(1954年)…山根恭平
ゴジラの逆襲(1955年)…山根恭平
★生きものの記録(1955年)
★蜘蛛巣城(1957年)
三十六人の乗客(1957年)
地球防衛軍(1957年)…安達博士役
★隠し砦の三悪人(1958年)
日蓮と蒙古大襲来(1958年)
日本誕生(1959年)…熊曽建・兄
ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐(1960年)
★悪い奴ほどよく眠る(1960年)
大坂城物語(1961年)…片桐且元
★用心棒(1961年)
モスラ(1961年)…天野貞勝
★椿三十郎(1962年)
妖星ゴラス(1962年)…園田謙介
太平洋の翼(1963年)
★天国と地獄(1963年)
三大怪獣 地球最大の決戦(1964年)…塚本博士
★赤ひげ(1965年)
フランケンシュタイン対地底怪獣(1965年)…広島衛戍病院の老軍医
太平洋奇跡の作戦 キスカ(1965年)
日本のいちばん長い日(1967年)…下村情報局総裁
黒部の太陽(1968年)
男はつらいよ(1969年)
風林火山 (1969年)…飯高虎信
尻啖え孫市(1969年)
激動の昭和史 軍閥(1970年)
男はつらいよ 寅次郎恋歌(1971年)
華麗なる一族(1974年)
ノストラダムスの大予言(1974年)
新幹線大爆破(1975年)
続・人間革命(1976年)
天平の甍(1980年)
★影武者(1980年)

テレビドラマ
赤穂浪士(1964年 NHK大河ドラマ 小野寺十内役)
三姉妹(1967年 NHK大河ドラマ 三沢平左衛門役)
風(1967年 TBS・松竹)蘭学者 福内鬼外役
天と地と(1969年 NHK大河ドラマ 長尾房景役)
樅ノ木は残った(1970年 NHK大河ドラマ 里見十左衛門役)
大岡越前 (TBSドラマ)(1970 - 1975年 TBSナショナル劇場 海野呑舟役)
春の坂道(1971年NHK大河ドラマ 青山忠俊役)
どっこい大作(1973年東映 二階堂甚平役)
花神(1977年NHK大河ドラマ 竹院役)
黄金の日日(1978年NHK大河ドラマ 能登屋平久役)
獅子の時代(1980年NHK大河ドラマ 田代栄助役)
江戸を斬る(1973年TBSナショナル劇場)
赤い運命(1976年TBSドラマ)

以上、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より転載。





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さ行

温厚な父親役がぴったりだった 佐野周二

佐野周二(さのしゅうじ、本名:関口正三郎(せきぐちしょうざぶろう)、1912年11月21日 - 1978年12月21日)は、昭和初期から後期(1930年代後半〜1970年代)の俳優。

関口宏の父、関口知宏の祖父に当たる。

東京市神田区東紺屋町(現在の東京都千代田区神田東紺屋町)に、鳶職の息子として生れる。1933年に立教大学経済学部予科を卒業後、1935年に義兄の経営する神戸の貿易商「アサヒ商会」に入社する。

同年、松竹の俳優募集に応募し、1000人の中から1人合格し、1936年松竹に入社。「大船撮影所1期生」として、同年の佐々木康監督の『Zメン青春突撃隊』で俳優デビュー。立教大学の先輩上原謙とともに、幹部スター候補生として、主役格で使われ、1937年には早くも準幹部に昇格し、島津保次郎監督の『婚約三羽烏』で、上原謙、佐分利信とともに「松竹三羽烏」として共演し、スターの地位を決定的にした。1938年には幹部に昇格し、名実共に松竹を背負ってたつ存在となった。

その後、人気絶頂だった1941年から、終戦まで3度応召される。その間もその間隙を縫うように、野村浩将監督、李香蘭主演の『蘇州の夜』、小津安二郎監督の『父ありき』などの作品に出演するなど、人気を保ったが、私的には妻と長女をなくし試練の時となった。

戦後になっても、二枚目スターとして活躍し、重厚な演技を持ち味に、木下恵介監督の『お嬢さん乾杯!』、『カルメン故郷に帰る』、吉村公三郎の『春雪』などに出演する。特に、小津安二郎の『風の中の牝鶏』では田中絹代と共演し、子供の養育費のために一度だけ売春した妻への、怒りに苦しむが愛情を取り戻していく帰還兵を好演し新境地を切り開いた。

1953年にはフリーとなり、五所平之助の『大阪の宿』や成瀬巳喜男の『驟雨』などに出演し、演技派俳優として確固たる地位を確立する。1954年には、俳優の生活安定を図る目的で「まどかグループ」を佐田啓二、桂木洋子、三井弘次らと設立し、映画制作も手がける。1965年以降はテレビにも活躍の場を広げ、主に温厚な父親役で親しまれた。

1978年12月21日死去。享年66。

以上、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より転載。



さ行

素晴らしき哉 エースのジョー 「宍戸錠」

宍戸 錠(ししど じょう、本名:同じ、1933年12月6日 - )は、昭和後期・平成期(1950年代中期〜)の俳優である。大阪府出身。日活スターの1人。血液型はB型。P&M所属。

小林旭と「渡り鳥シリーズ」など多数の映画で共演し、エースのジョーという愛称でも親しまれている。長男の宍戸開も俳優。

父親が事業で成功し、5歳の時、家族で東京へ出るが、小学校6年のとき空襲で自宅が全焼したため、宮城県白石市へ疎開。以来高校卒業まで、そこで育つ。

日本大学芸術学部演劇科2年中退。1954年、日活撮影所へニューフェイス第1期生として入所。1955年、『警察日記』で若手の巡査役としてデビュー。1956年に自ら豊頬手術を受け、それまでのただの2枚目から路線変更。タフでハードボイルドな役柄で人気を得る。これは、「アクの強い役=悪役」をやりたかったからとの事。頬のシリコンは2001年に摘出手術で取り除いた。

息子の宍戸開と親子2代にわたり、「くいしん坊!万才」のレポーターとなった。映画『溺れる魚』では「エースのジョー」役で出演した。


出演作品

映画
警察日記 (1955年、日活)
銀座の女 (1955年、日活)
おふくろ (1955年、日活)
女中ッ子 (1955年、日活)
青空の仲間 (1955年、日活)
月夜の傘 (1955年、日活)
沙羅の花の峠 (1955年、日活)
顔役 (1955年、日活)
第8監房 (1956年、日活)
朝やけ決戦場 (1956年、日活)
神阪四郎の犯罪 (1956年、日活)
色ざんげ (1956年、日活)
青春をわれらに (1956年、日活)
雑居家族(1956年、日活)
三橋美智也のおんな船頭唄(1956年、日活)
しあわせはどこに(1956年、日活)
感傷夫人 (1956年、日活)
若いお巡りさん (1956年、日活)
牛乳屋フランキー (1956年、日活)
川上哲治物語 背番号16 (1957年、日活)
「廓」より 無法一代(1957年、日活)
勝利者(1957年、日活)
反逆者(1957年、日活)
狂った関係(1957年、日活)
誘惑(1957年、日活)
裸女と拳銃(1957年、日活)
燃える肉体(1957年、日活)
乳房と銃弾(1958年、日活)
美しき不良少女(1958年、日活)
錆びたナイフ(1958年、日活)
場末のペット吹き(1958年、日活)
死の壁の脱出(1958年、日活)
踏みはずした春(1958年、日活)
裸身の聖女(1958年、日活)
船方さんよ(1958年、日活)
太陽をぶち落とせ(1958年、日活)
未練の波止場(1958年、日活)
影なき声(1958年、日活)
俺らは流しの人気者(1958年、日活)
危険な群像(1958年、日活)
雑踏に光る眼(1959年、日活)
今日に生きる(1959年、日活)
傷つける野獣(1959年、日活)
拳銃0号(1959.04.28 日活
東京の孤独(1959年、日活)
街が眠る時(1959年、日活)
非情な銃弾(1959年、日活)
事件記者(1959年、日活)
海の罠(1959年、日活)
0番街の狼(1959年、日活)
東京警部(1959年、日活)
銀座旋風児(1959年、日活)
渡り鳥シリーズ
ギターを持った渡り鳥(1959年、日活)
渡り鳥いつまた帰る(1960年、日活)
赤い夕陽の渡り鳥(1960年、日活)
大草原の渡り鳥(1960年、日活)
波濤を越える渡り鳥(1961年、日活)
銀座旋風児 黒幕は誰だ(1959年、日活)
昼下りの暴力(1959年、日活)
口笛が流れる港町(1960年、日活)
鉄火場の風(1960年、日活)
拳銃無頼帖シリーズ
拳銃無頼帖 抜き射ちの竜(1960年、日活)
拳銃無頼帖 電光石火の男(1960年、日活)
拳銃無頼帖 不敵に笑う男(1960年、日活)
拳銃無頼帖 明日なき男(1960年、日活)
抜き射ちの竜 拳銃の歌(1964年、日活)
拳銃無頼 流れ者の群れ(1965年、日活)
流れ者シリーズ
海から来た流れ者(1960年、日活)
海を渡る波止場の風(1960年、日活)
南海の狼火(1960年、日活)
大暴れ風来坊(1960年、日活)
太平洋のかつぎ屋(1961年、日活)
稼業シリーズ
ろくでなし稼業(1961年、日活)
用心棒稼業(1961年、日活)
助っ人稼業(1961年、日活)
早射ち野郎(1961年、日活)
三つの竜の刺青(1961年、日活)
海の勝負師(1961年、日活)
赤い荒野(1961年、日活)
ノサップの銃(1961年、日活)
俺は地獄へ行く(1961年、日活)
紅の銃帯(1961年、日活)
早討ち無頼 大平原の男(1961年、日活)
メキシコ無宿(1962年、日活)
気まぐれ渡世(1962年、日活)
抜き射ち風来坊(1962年、日活)
大氷原(1962年、日活)
ひとり旅(1962年、日活)
燃える南十字星(1962年、日活)
銃弾の嵐(1962年、日活)
硝子のジョニー 野獣のように見えて(1962年、日活)
危いことなら銭になる(1962年、日活)
危険な商売 鉛をぶちこめ(1962年、日活)
探偵事務所23シリーズ
探偵事務所23 くたばれ悪党ども(1963年、日活)
探偵事務所23 銭と女に弱い男(1963年、日活)
悪名高きろくでなし(1963年、日活)
野獣の青春(1963年、日活)
赤い靴とろくでなし(1963年、日活)
関東遊侠伝(1963年、日活)
虎の子作戦(1963年、日活)
遊侠無頼(1963年、日活)
地獄の祭典(1963年、日活)
東海遊侠伝(1964年、日活)
拳銃残酷物語(1964年、日活)
人生劇場(1964年、日活)
河内ぞろ どけち虫(1964年、日活)
肉体の門(1964年、日活)
海賊船 海の虎(1964年、日活)
早射ちジョー 砂丘の決斗(1964年、日活)
河内ぞろ 喧嘩軍鶏(1964年、日活)
現代悪党仁義(1965年、日活)
あばれ騎士道(1965年、日活)
河内ぞろ あばれ凧(1965年、日活)
命しらずのろくでなし(1965年、日活)
大日本殺し屋伝(1965年、日活)
三匹の野良犬(1965年、日活)
怪盗X 首のない男(1965年、日活)
マカオの竜(1965年、日活)
男の紋章 竜虎無情(1966年、日活)
賭場の牝猫 捨身の勝負(1966年、日活)
日本仁侠伝 血祭り喧嘩状(1966年、日活)
夜霧の慕情(1966年、日活)
大悪党作戦(1966年、松竹大船)
骨まで愛して(1966年、日活)
あなたの命(1966年、日活)
暗黒航路(1966年、日活)
アジア秘密警察(1966年、日活)
拳銃は俺のパスポート(1967年、日活)
燃える雲(1967年、日活)
殺しの烙印(1967年、日活)
七人の野獣(1967.08.01 日活
みな殺しの拳銃(1967年、日活)
紅の流れ星(1967年、日活)
七人の野獣 血の宣言(1967年、日活)
君は恋人(1967年、日活)
赤木圭一郎は生きている 激流に生きる男(1967年、日活)
東京市街戦(1967年、日活)
黄金の野郎ども(1967年、日活)
星影の波止場(1968年、日活)
縄張はもらった(1968年、日活)
魔性の女(1968年、アカデミー・プロ)
地獄の破門状(1969年、日活)
夜の牝 花と蝶(1969年、日活)
やくざ渡り鳥 悪党稼業(1969年、日活)
博徒百人(1969年、日活)
あらくれ(1969年、日活)
前科 ドス嵐(1969年、日活)
博徒百人 仁侠道(1969年、日活)
傷害恐喝 前科十三犯(1969年、日活)
刺客列伝(1969年、日活)
嵐の勇者たち(1969年、日活)
やくざの横顔(1970年、日活)
日本最大の顔役(1970年、日活)
捨て身のならず者(1970年、日活)
ハレンチ学園シリーズ
ハレンチ学園(1970年、日東プロ=ピロ企画)
ハレンチ学園 身体検査の巻(1970年、日活)
ハレンチ学園 タックルキスの巻(1970年、日活)
新・ハレンチ学園(1971年、日活)
喜劇 女もつらいわ(1970年、新国劇映画)
ズンドコズンドコ 全員集合!!(1970年、松竹大船)
新網走番外地 大森林の決斗(1970年、東映東京)
男の世界(1971年、石原プロ=日活)
谷岡ヤスジのメッタメタガキ道講座(1971年、日活)
奥様は18歳 新婚教室(1971年、国際プロデュースセンター=ロープロモーション)
組織暴力 流血の抗争(1971年、日活)
極楽坊主(1971年、日活)
不良少女 魔子(1971年、日活)
新兵隊やくざ 火線(1972年、勝プロ)
新網走番外地 嵐呼ぶダンプ仁義(1972年、東映東京)
高校生無頼控(1972年、国際放映)
喜劇ここから始まる物語(1973年、渡辺プロ)
三池監獄 兇悪犯(1973年、東映京都)
東京ド真ン中(1974年、松竹大船)
仁義なき戦い 完結篇(1974年、東映京都)
新仁義なき戦い(1974年、東映京都)
日本任侠道 激突篇(1975年、東映京都)
東京湾炎上(1975年、東宝映画=東宝映像)
任侠外伝 玄海灘(1976年、唐プロ=ATG)
アラスカ物語(1977年、東京映画)
悲愁物語(1977年、三協映画=松竹)
俺の空(1977年、東宝=東京ムービー新社)
仁義の抗争(1977年、東映京都)
BLACK JACK/瞳の中の訪問者(1977年、ホリ企画制作)
雲霧仁左衛門(1978年、松竹=俳優座)
看護婦のオヤジがんばる(1980年、近代映画協会)
土佐の一本釣り(1980年、松竹=キティフィルム)
ブルージーンズメモリー(1981年、東宝映画)
北斎漫画(1981年、松竹)
転校生(1982年、日本テレビ=日本ATG)
俺っちのウエディング(1983年、セントラルアーツ=日本テレビ)
すかんぴんウォーク(1984年、渡辺プロ=シネマハウト=ニュー・センチュリー・プロデューサーズ)
アゲイン(1984年、ニューセンチュリープロデュサーズ=キネマ旬報社)
トロピカルミステリー 青春共和国(1984年、大映企画)
ユー★ガッタ★チャンス(1985年、渡辺プロ=N・C・P=シネマハウト)
カリブ・愛のシンフォニー(1985年、東宝映画=サンミュージック)
みんなあげちゃう[ハート](1985年、にっかつ)
ザ・サムライ(1986年、アジャックス)
テイク・イット・イージー(1986年、渡辺プロ=ニュー・センチュリー・プロデュース)
野ゆき山ゆき海べゆき(1986年、日本テレビ=バップ)
帝都物語(1988年、エクゼ)
マイフェニックス(1989年、東宝=東急エージェンシー)
赤いカラスと幽霊船(1989年、横浜博覧会協会=NHK)
君は僕をスキになる(1989年、東宝映画=プルミエ・インターナショナル)
のぞみ[ハート]ウィッチィズ(1990年、エクセレント・クリエイティブ)
カンバック(1990年、ガッツエンタープライズ)
ハネムーンは無人島(1991年、TBS=ビックバン)
セイリング 海にはばたく(1992年、テレビ東京)
落陽(1992年、にっかつ撮影所)
勝利者たち(1992年、円谷プロ)
200X年・翔(1992年、中央宣興)
8マン すべて寂しいよるのために(1992年、リム出版)
カッパの三平(1993年、にっかつ児童映画=ロマン企画=にっかつビデオ)
私立探偵濱マイク
我が人生最悪の時(1994年、フォーライフレコード=映像探偵社)
遥かな時代の階段を(1995年、フォーライフレコード=映像探偵社)
罠 THE TRAP(1996年、フォーライフレコード=映像探偵社)
女ざかり(1994年、松竹=テレビ東京=アミューズ=日本出版販売)
武闘派刑事 銀座警察(1994年、シネマパラダイス)
武闘派刑事2 HEART CRASH(1995年、シネマパラダイス)
復讐の帝王(1995年、シネマパラダイス)
さすらいのトラブルマスター(1996年、松竹=日本テレビ)
秋桜(1997年、映画『秋桜』製作委員会)
愛する(1997年、日活)
故郷(1999年、Mukai Production
新極道渡世の素敵な面々 きりとりブルース(1999年、ムービーブラザース)
平成金融道 マルヒの女(2000年、ムービーブラザーズ)
借王 THE MOVIE 2000(2000年、日活)
「紅の拳銃」よ永遠に(2000年、日活芸術学院)
ナトゥ 踊る!ニンジャ伝説(2000年、日本テレビ=バップ=マセキ芸能社)
溺れる魚(2001年、東映=エイチ・エム・ピィ=東映エージェン)
九州マフィア外伝(2001年、アーバンアクターズプロ)
極道聖戦 ジハード1(2002年、シネマパラダイス)
新・日本の首領
新・日本の首領(2004年、GPミュージアム)
新・日本の首領2(2004年、GPミュージアム)
新・日本の首領3(2004年、GPミュージアム)
同窓會(2004年、向井プロ)
探偵事務所5(2005年、映像探偵社)
ケータイ刑事 THE MOVIE バベルの塔の秘密〜銭形姉妹への挑戦状(2006年、BS-i)
ケータイ刑事 THE MOVIE2 石川五右衛門一族の陰謀〜決闘!ゴルゴダの森(2007年、BS-i)

以上、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より転載。

ジョーさんの作品群列は半端じゃない。これだけの作品数をこなすことは節制と努力の賜物であろう。笑ったときの顔が今でも忘れられない。お元気でご長命であって欲しい。





さ行

スポーツマン エースのジョー 宍戸錠

球春、今年も野球シーズンが始まった。今年の優勝はどこだろうか。別当、藤村、土井垣の頃からのタイガースファンである私としてはどんな戦いをするか楽しみだ。

野球の話となると思い出す。所内では私もよくボール投げをして遊んだ。相手は企画部の陶山ちゃんとプロデューサ室事務の中本君だ。二人とは同年輩とあってウマが合い、よく話をした。そんなことから所内で対抗の野球の試合をしたことが何度かあった。企画チームと俳優部の試合である。

狛江小学校のグラウンドを借りて、或る日のこと試合が行われた。俳優と言ってもスターが出たわけではない。スタークラスは宍戸錠さんがピッチャーで投げたのを覚えている。あとは郷ちゃん、高品格さん、野呂ちゃんが出ていたと思う。企画チームはほとんど若手のプロデューサー助手で占めていた。さすが俳優部だけあって大部屋女優さんが5,6人応援に来て黄色い声を盛んに張り上げていた。賑やかなことこの上ない。

錠さんが投げると中々良い球がきた。うまいものである。三振を取ると、エースの錠らしい仕草でガッツポーズをして見せた。企画チームの投手は陶山ちゃんだ。捕手は中本君が勤めた。彼のスピードボールは一級品だった。錠さんが打席に立った。声援がひときわ高くなる。私はサードを守っていたが、前の打席で強襲ヒットを打たれていただけに慎重に構えていた。錠さんが打った。今度は高々と上がった三塁線のフライだ。私が懸命にバックして倒れながら捕球するのを見て、錠さんはバットを叩きつけて悔しがった。

試合は点数の取りっ子で一点差で俳優部の勝利となった。試合後、握手した錠さんの手は分厚くて温かかった。みんなが彼のピッチングをほめると「いやぁ、それほどでもねえやな」と照れていた。私は錠さんの一面を見た思いだった。その後、缶ビールが配られ、グラウンドで飲んだビールの旨かったこと、忘れられない味である。

所内対抗野球は何度かやったが、企画チームの成績は余り振るわなかったと思う。特に照明部や録音部相手では歯が立たなかったようだ。

錠さんの作品はほとんどアキラの敵役で、二人の決闘が見せ場になっていた。またそれがいい味を出している。私はいつも(うまいもんだな)と感心しながら見ていたものだ。