昭和30年代!!
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ピンクの女王で名を馳せた女優 松井康子

松井 康子(まつい やすこ、1939年10月3日- )は日本の女優。本名同じ。芸名は牧和子(まき かずこ)。

1939年、松井久・宏子の娘として東京府東京市世田谷区に生まれる。
母の宏子は旧唐津藩主子爵小笠原氏第六代当主小笠原長生(小笠原賢之進・元海軍中将・元宮中顧問官・元学習院御用掛)の四女。映画監督の小笠原明峰(長生の長男、本名小笠原長隆)と俳優の小笠原章二郎(長生の次男、本名小笠原長英。当初の芸名は楠英二郎)は伯父。
母方の祖母秀子は元前橋藩主伯爵松平直方の長女。
学習院初等科・学習院女子中等科・学習院女子高等科を経て、1958年4月、学習院大学文学部に入学。

芸能界入り
1958年の秋、通院していたかかりつけの歯科医が松竹の嘱託医であったことが縁で、松竹社長城戸四郎にスカウトされる。大学を中退し松竹に入社。
1959年、内川清一郎監督の映画「パイナップル部隊」でデビュー。当初は大部屋女優で、デビュー作となった同作品でも端役であった。
その後も松竹の脇役女優として活動。1960年には「江戸の顔役」・「流転」、1961年には「背徳のメス」・「風来先生」・1963年には「港に消えたあいつ」等にいずれも脇役として出演した。

ピンク映画の女王
1963年、若松孝二が助監督を務めたテレビドラマに出演した後、若松に国映映画への出演を請われる。同年「牧和子」の芸名を名乗り、若松監督作品「おいろけ作戦 第一部 プレイガール」でピンク映画にデビュー、初主演を果たした。
翌1964年には小川欽也(小川和久)監督の「妾」に「牧和子」名義で出演。同作品は大ヒットとなる。
たて続けに国映映画に出演しヒット作を得て、山本富士子似と言われた純和風の美貌と豊満な肉体が評判になる。一方当時松井は松竹に所属していたことから、五社協定による規制の下、松竹側がこれを問題視。結局松井は松竹を退社した。
以後フリーで活動。国映には「牧和子」名義で、他社作品には松井康子の本名で出演するようになった。
150本以上のピンク映画に出演し、ピンク映画女優のパイオニア的存在となる。「ピンク映画の女王」と称され人気女優となった。

演技力への高い評価
ピンク映画以外の一般作品にも各社をまたにかけて多数出演。迫力ある濃厚な演技で映画ファンを唸らせた。
1968年、今村昌平監督に請われ、同監督作品「神々の深き欲望」に出演。兄と近親相姦する妹役を兄役の三国連太郎とともに熱演し、話題となった。
1970年代に入ると徐々に肥満となり、一時の美貌は失われたものの、一方で体型の変化から存在感を増し、1972年の「鏡の中の野心」等ではその演技力に対して高い評価が与えられるようになった。また自らピンク映画の監督を務めることもあった。
1976年には大島渚監督の日仏合作映画「愛のコリーダ」に「『田川』のおかみ」役で出演。独特の存在感のある演技が海外でも評判となる。
1977年、「肉体の悪魔」では娼婦役を演じた。名演・怪演と称えられ、メイクアップの工夫とともに高い評価を得た。

自然引退
その後はテレビドラマや日活ロマンポルノなどに出演したが、加齢と過度の肥満が重なり、次第に芸能活動を縮小していった。
1980年代以降は公の場に姿を見せることもなくなり、芸能界を自然引退した形となっている。

その他の活動
1966年の秋、東京都墨田区錦糸町にスナックを開店した。
1970年前後にブームとなったボウリングを趣味とし、選手権大会に出場するほどの腕前であった。
ピンク映画監督の小林悟との熱愛も話題となった。
風俗雑誌・お色気雑誌誌上にも多数登場した。

出演作品

映画
パイナップル部隊 1959年 松竹
晴れ姿勢揃い 剣侠五人男 1959年 松竹
江戸の顔役 1960年 松竹
流転 1960年 松竹
背徳のメス 1961年 松竹
風来先生 1961年 松竹
港に消えたあいつ 1963年 松竹
おいろけ作戦 第一部 プレイガール 1963年 国映
妾 1964年 国映
白日夢 1964年 松竹
続・妾 1964年 国映
くノ一化粧 1964年 東映
黒い雪 1965年 日活
源氏物語 1966年 日活
神々の深き欲望 1968年 日活
やくざ渡り鳥 悪党稼業 1969年 日活
夜をひらく 女の市場 1969年 日活
温泉こんにゃく芸者 1970年 東映
色暦大奥秘話 1971年 日活
温泉みみず芸者 1971年 東映
GOOD-BYE 1971年 日活
恐怖女子高校 女暴力教室 1972年 東映
エロ将軍と二十一人の愛妾 1972年 東映
鏡の中の野心 1972年 松竹
やくざと抗争 実録安藤組 1973年 東映
色魔狼 1973年  東映
実録・私設銀座警察 1973年 東映
暴力街 1974年 東映
直撃地獄変 大逆転 1974年 東映
新・団地妻 夫婦交換 1975年 日活
喜劇 特出しヒモ天国 1975年 東映
愛のコリーダ 1976年 東宝東和
キンキンのルンペン大将 1976年 東映
狂った野獣 1976年 東映
はだしのゲン 1976年 共同映画
肉体の悪魔 1977年 日活
若妻日記 悶える 1977年 日活
性と愛のコリーダ 1977年 日活
高校エロトピア 赤い制服 1979年 日活
宇能鴻一郎の濡れて開く 1979年 日活
ほか多数

テレビドラマ
痛快!河内山宗俊 1975年 フジテレビ  
本陣殺人事件(横溝正史シリーズ) 1977年 毎日放送
青春の門(第2部第13話) 1978年 毎日放送  

以上、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より転載。

余談だが、私は昭和47年ごろ半年ばかり松井さんのマネージャーをしたことがある。女優さんと身近に接したのは松井さんだけだ。優しい思いやりのある女性だったと記憶している。